【涙腺崩壊】白血病でタヒ亡した中島。竹山が送った弔辞、そして亡くなる直前に披露したネタの真意に涙が止まらない・・・

カンニング竹山さんの亡き相方への思いが素敵すぎます…。

 

白血病で死亡したカンニング中島。竹山が送った弔辞、そして亡くなる直前に披露したネタに涙が止まらない

お笑いコンビ「カンニング」の中島忠幸さんが体調不良で芸能活動を休業するようになったのは2004年の12月からでした。

翌2005年の1月、中島さんは自身の病気が白血病であることを公表します。

2002年にカンニングがブレイクして、さあこれからというタイミングで襲って来た悲劇でした。。

誰よりも中島さんご本人がショックだったと思われますが、相方の竹山隆範さんが受けたショックもとても大きなものだったでしょう。

相方として、また親友として、竹山さんは中島さんの病気に心を痛めていました。

まだ中島さんの病気が白血病だと公表されていない2004年の12月31日、当時の人気バラエティ番組『エンタの神様』で竹山さんは他に類を見ないような驚くべきネタを披露します。

「キレ芸」でブレイクした竹山さんですが、この日の『エンタの神様』ではなんと病気療養中の相方、中島さん相手にキレたのです。

 

 

竹山さんの悲痛な叫びに観客も視聴者も笑いながら涙ぐむ事態に…。

まだ中島さんが白血病であることは公表されていませんでしたが、竹山さんはもちろんご存知だったのでしょう。

深刻な病気であるからこそ、悲痛な思いで「帰って来い!」と叫ばれたのではないでしょうか。

それから約2年。

2006年の12月20日に、中島さんは皆に惜しまれながら帰らぬ人となってしまいます。

東京中野宝仙寺で行われた中島さんの告別式。

竹山さんは2人をスターダムに押し上げた「キレ芸」で弔辞を読み上げました。

それはいつも通りの怒気と、いつもとは違う悲しみで、声を震わせながらのものでした。

最後に竹山さんは次のような言葉で締め括りました。


俺はお前と なあ二人でコンビ組んで
ずっとね こうやって 漫才とかやれて お笑い芸人になって
やれたことが本当に幸せやった ありがとう
もういつ そっちに往くか、もうわからんけども
俺がまたそっちに往ったらまたやろうや
いいかお前な、待っとけ!
…ありがとう じゃあな …いつもと同んなじように別れるぞ じゃあな!

出典:お笑い、カンニングの中島忠幸さん死去 3

相方を失った竹山さんはある一つの決意をします。

それは「七回忌まで相方のことをネタにしない」というものでした。

竹山さんは中島さんが亡くなられてからも「カンニング竹山」と名乗ることを止めませんでした。

そして中島さんの死後もますます「カンニング」の名を世に広めて行きます。

七回忌を迎えた2012年、竹山さんは初めて相方・中島さんの闘病生活や死を扱ったネタを披露します。

 

 

七回忌を迎えて初めて、相方の死を笑いに昇華することができたのですね。

2人のコンビ愛は今なお多くの人に感動を与えています。

売れない頃はお二人とも相当な苦労をなさったそうです。共に苦難を乗り越えた二人の関係を竹山さんは「夫婦みたいなもん」と仰っていますが、本当にそうなのでしょうね。
ネットの反応

・カンニング竹山で泣く日が来るとは・・・
・エンタ見てたわ~ 竹山の様子で中島が深刻なのが分かった
・実は中島の方が短期ってのがおもしろかったなwww 本当に良いコンビだった
・泣ける・・・

竹山さんから中島さんへのメッセージはとても心を打つものが有ります。
「カンニング」を有名にした竹山さんのキレ芸が、竹山さんの感情をストレートに表現してくれたのかもしれませんね。

 

 

 

 

引用元:http://mizunews.jp/​

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